おとぎ話『かちかち山』はご存知でしょう.『かちかち山』の「まきでおばあさんを殴り殺し、大鍋で煮てしまう」というシーンはたしかに残酷です。

しかし、その「残酷さ」は現実とはあきらかに区別された架空の物語の一部にしか過ぎません。

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《Column 考えるということ》

そもそも「夕焼けがなぜ赤い」と子供は思うのでしょうか。逆に大人は思わなくなってしまったのでしょうか。色の波長についての知識を持ったからでしょうか.現代社会においては、大人が持つ自然に対する探究心と子供が持つ探究心とは、微妙な違いがあるのではないかと思われます。

7回繰り返しの法則

公立中高一貫校の望む人材は『原石』それは家庭と地域の教育力と7回繰り返しの法則から生まれる。

私たちの周囲は、まさに情報の洪水です。(もちろん有益な情報もあれば、そうでないものもあります)
たとえ家庭で厳格にテレビゲームを禁止したところで、友達の家に行けばいくらでも出来るわけですから、情報の洪水にさらされるわが子を、保護者といえどもかばいきれるものではありません。そういう意味では、情報の取捨選択は子どもたちに任せるしかないのです。

このときこそ、子どもたちに対する大人の教育力がモノを言います。
それも、子どもたちが情報の洪水から良からぬモノを選び出したときに慌てて叱咤しても既に遅いわけですが、大抵の場合はこちらのパターンです。

これでは、今までに注意すらされたこともないわけですから、子どもたちにしてみればナンで叱られているのか分からないし、自我に目覚める年齢にさしかかった、あるいは、大人に近づき始めた子どもだと、大人たちに対する激しい抵抗すらするようになり、これこそが「うちの子が親の言うことを聞かなくなった」というパターンです。

大切なのは、大人から叱咤される前に、自らで良からぬモノを選ばないという判断力や自制心が日々の育ちの中で身に付いているかどうかなのです。

これがいわゆる躾であり育ちであり、果ては地域の教育力ということです。

勉強する子・勉強の出来る子は、良からぬ情報をキャッチするアンテナは立っていないか、まかり間違ってそういう情報をキャッチしても、それを際限なく取り込むようなことをしない自制心というアンテナを立てて、早々とそれを捨ててしまうのです。

その代わり、勉強に関するアンテナは威嚇するハリネズミのようになっていて、良からぬ情報をキャッチするためのアンテナはたたまれていることになります。
この状態になれば、その子にしてみれば、自分が動かずとも勉強に関する情報が向こうからやって来ているように感じます。

その状態を「次々とひらめいて、どんどん問題を解けるようになってきた」と顕在意識が認識し、貪欲なまでに次々と新しい情報を頭の中に取り込んでいき、本人も気づかないうちに今度は潜在意識の分野がはたらきはじめ、情報が整理されていくのです。

そして整理された情報の巨大な棚となり、やがては練習の積み重ねという経験を踏むことで、初めは顕在意識のアンテナでとらえた形式知を、潜在意識が暗黙知として無意識の記憶にするのです。

繰り返すことが大切であるとあなたの知っているでしょう。それを具体的に数字として示したもの
「7回の法則」とは、「新しい情報を完全に自分のモノにするためには、最低でも7回同じことを繰り返さねばならない」という考えです。

書籍で言えば、「七つの習慣」スティーブン・R・コヴィー著が有名ですね。

顕在意識が新しい情報を必要であると判断して取り込んだとしても、すぐに潜在意識は動いてはくれず、それが本人も気づかぬところで整理をしはじめ、果ては熟成させて、本人が意識せずとも、ほとんど無意識的に出来てしまうようになるまでに7回の経験が必要なのだということです。

だからといって、間違えた漢字熟語を1000回繰り返し書き直したところで、潜在意識は動いてはくれません。
なぜ間違えたのか、どこをどのように取り違えたのかを顕在意識の領域で考え、正しく認識しない限り、1000回にも及ぶ同じ情報を取り込むという行為は、間違えた英単語を正しく潜在意識の領域まで取り込まれないだけでなく、かえって、ほとんど無意識的に感じていたに違いないそのときの心身の苦痛の方を「記憶」として取り込まれてしまいかねません。

要は、正しく認識するためには、正しい方法、あるいは、自分にふさわしい方法で特に、自分にふさわしい方法が後になって暗黙知になるのだけれども 正々堂々と向かい合って納得するまで繰り返すうちに、「今回で○回目」などといったり思ったりすることがなくなるくらいに熱中することが大切なのであって、熱中しはじめると、もはや回数などは関係なくなってしまいますから、本人が気づいたら7回を軽く超えてしまっているのです。

ですから、「奇跡は期待することを忘れた人にだけ、ある日、突然やってくるのだ。」といわれます。
つまり、「奇跡」とは「ひらめき」であり、「期待する」という顕在意識の阻害物を「忘れ」、無意識のうちに熱中しはじめると潜在意識が動き出し、その重たい扉を開けてくれて、「ある日突然」、「ひらめき」という「奇跡」を与えてくれるのです。

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