おとぎ話『かちかち山』はご存知でしょう.『かちかち山』の「まきでおばあさんを殴り殺し、大鍋で煮てしまう」というシーンはたしかに残酷です。

しかし、その「残酷さ」は現実とはあきらかに区別された架空の物語の一部にしか過ぎません。

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《Column 考えるということ》

そもそも「夕焼けがなぜ赤い」と子供は思うのでしょうか。逆に大人は思わなくなってしまったのでしょうか。色の波長についての知識を持ったからでしょうか.現代社会においては、大人が持つ自然に対する探究心と子供が持つ探究心とは、微妙な違いがあるのではないかと思われます。

顕在意識と潜在意識


 
算数のよくできる友達に勉強法を尋ねたひとが、その後どういう行動をとるかで、伸びる人かそうでない人のかの分けは、簡単に出来てしまいます。

(A君・Bさん)
 「ねぇねぇ、Cさん。どうやったらCさんのように算数が 出来るようになるの?

(Cさん)
 「ええ~? だって、特別に何もしてないもん。
  テスト範囲の公式を覚えて、ワークをやって、あとは、教科書を見直すだけかなぁ・・・。」

 ちょっとキツい表現になりますが、ご勘弁を。

A君には悪いけれど、彼には「考えなしの鵜呑み型」になってもらい、Bさんには、「屈折的思考型」になってもらいましょう。

さて、結果はいかに?

A君の負け。Bさんの勝ち。
というか、Cさんを見習って始めた時点で、勝敗はすでに決まっているのです。実はCさんですら、算数が出来るようになった理由を具体的に説明できないのです。あえて言うとすれば、「はじめは上手くいかなかったけれど、 やっているうちに、いつの間にか出来るようになった。」でしょう。

では、なぜ、はじめは思うように上手くいかないのか?それは、潜在意識の中に「算数」という引き出しがないからです。
でも、顕在意識の上では算数を勉強しています。

それでも初めは上手くいかないのは、そうたやすく潜在意識がその扉を開けてはくれないからです。

それどころか、この潜在意識という得体の知れないものが、本当に自分の頭の中に存在しているのかすら、定かではありません。
なぜなら、潜在意識は自らの存在をアピールすることはなく、存在しているという実感がないからです。

ところが、顕在意識はというと、ときには同一の情報を、あるいは、ときには異なった情報を、「勉強」と称する方法で、どんどんと頭の中に取り込んできます。

そして、あるとき、ある一定量を超えると、突然、潜在意識の中にその情報が流れ込み、本人も全く気づくことのないところで熟成されて、「算数」という引き出しが頭の中に出来るのです。

この引き出しが形成されれば、記憶の動作が急激に速く確実になります。それは、顕在意識が取り込んだ算数の情報が、潜在意識の中の「算数」という引き出しに入っていくためのルートが、他の情報と混ざり合わないで、確実に独立した形で作られるからです。

そして、やがてはインプット(入力)のルートに沿うようにして、アウトプット(出力)のルートが形成され、更に、入出力の2本のルートが一体化してしまい、ちょうど、同軸ケーブル1本でオーディオ機器同士の音楽の情報をやりとりするように、
Cさんは、自分の覚えた算数の情報を、自由自在に使い回すことが出来るようになるというわけです。

この時点で、Cさんの頭の中では、「ひらめき」という事象が起こるようになります。この「ひらめき」の繰り返しこそが応用力とつけるための経験を積み重ねることになり、Cさんに「私は算数が得意」と思わせ、「算数が好き」と言わしめるようになるのです。

でも、Cさんにも、この記憶やひらめきのメカニズムは、分かりません。こういう、本人ですら分からないもののことを暗黙知といいます。つまり、暗黙知とは、まさに潜在意識のなせる技なのです。

Cさんのメカニズムに沿って言うならば、顕在意識を駆使して「もの書き」を始めた頃にはなかった、「文章を書く」という引き出しが、「もの書き」を繰り返している間に、潜在意識の中に出来てしまったのです。

そのことで、顕在意識によって入力された情報がすぐに「文章」の引き出しに入り、貯蔵され、まるで缶コーヒーか何かの自動販売機みたいに、顕在意識の上で生まれた「要求」のボタンをポンと押しさえすれば、それに応えて潜在意識が、その要求にふさわしい情報をパカッと出すという一連の動作が、頭の中で起きているのでしょう。

ただ、一度見ただけで覚えられるものと、何度見ても覚えられないものがあるようで、おそらく次のようなことが関係しているからだと思われます。

自分にとって関係のあるものか否か。

例えば、今話題のドラマの名前や俳優や女優、それにタレントの名前などは、子どもたちに何度教えてもらっても覚えることが出来ず、「先生、また同じこと聞いている!」と叱られます。

ということは、「これは是非覚えておこうよ」とか、「これは覚えなくてもいいんじゃないの?」という判断は、わたしの潜在意識がしていることになります。

さて、「考えなしの鵜呑み型」のA君が失敗する理由は、もうお分かりですね。Cさんから教わった方法を、そっくりそのまま真似るだけのやり方だからです。
A君がCさんから教わったのは方法だけ。つまり、形式知を手に入れただけなのです。

A君のような「鵜呑み型」の人にとって必要な情報は、Cさんの方法論だけです。大切なのはそこから先にある、Cさんがそのような方法で勉強するにいたった道のり、つまり、Cさんの暗黙知という情報については、一片たりとも入手していません。

ここを知ることが肝心なのに、A君は気づいていない。失敗して当然でしょう。

しかしながら、そっくりそのまま真似るのだから、それはそれで上手いものです。その代わり、自分の頭の中の潜在意識に「算数」という引き出しが出来ていないことも、このままでは、おそらく、永遠に気づくことはないかもしれませんが・・・。

それに対してBさんは「屈折的思考型」だから、Cさんの方法が自分に合うのかどうかを検討して、合うものだけを選んで使うことをします。

選べるということは工夫が出来るということ。もしかすると、既に工夫しているか、工夫しようとしている方こそ選んでいるとするなら、年齢と共に精神面も成長するから、いずれはA君も気がつくでしょうけれど、Bさんの方がずっと早い時期に気づくことが出来るでしょう。

今の時点でいえることは、勉強の出来ない子ほどA君タイプに近く、実は、親御さんも同じくA君タイプに近いことが多いのです。

「え?」と思われた方は要注意です。

物事が、もちろん善い方向に動き始めるまで、期待をしないで待つことは、本当に難しいことです。

この「期待をしないで待つ」という行動は、よく勘違いされてしまうのですけれど、何もしないで待つということでは、決してありません。

「果報は寝て待て」という言葉がありますが、これとて同様に、するべきことはすべて済ませて、善き巡り合わせがやってくるときを寝て待つ、つまり、期待をして、まだかまだかと目を凝らし身を硬くして待つのではなく、期待をしないで、ごろりとその身を横たえて、期と機の熟するのを待てば、あるとき突然に起こるものだということなのです。

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